P・ニューマンが亡くなった。
出演した映画は数知れず、だろう。
昔、ビデオで見た映画「ハスラー」1は白黒だった。
クールなスターというイメージだった。

ところでP・ニューマンとNYで会った。
なんていうとビックリするでしょうが、
20年前くらい、POLOの店でバーゲンをやっていたので
立ち寄ると、そこにP・ニューマンがいた?
顔はそのもの、カッコイイ。
ホンモノだろうか? いやそっくりさんだろうか?
まさか、P・ニューマンですか?とは聞けない、
回りのアメリカ人も何も聞かない。あちらではスターも
普通の人とおなじ様に店に来たり、周りも騒がないと聞いたので
どっちなのかわからない。
ブレザーを着てカジュアルないでたち。しばらく物色して
そのうち何事もなかったように消えた。
顔はそのものだけど、バーゲンの品を見るか?
違うだろう? でもそっくりだ。
そっくりさんだったのか? それともホンモノだったのか?
それとも息子だったのか? 結局わからず。
80代で亡くなったので、20年前は60代、見た目40代だったから
たぶん違うのでしょう。でもNYにはカッコイイ人がいるもんだ。

いまはあまり見ない、個性派の俳優でしたね。
ご冥福を祈ります。

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「朝日新聞」によると、自民党総裁選で新総裁が決まった後、
すぐに臨時国会で冒頭解散、総選挙に。10月26日投開票日。
と日程まで決まった如く書かれている。

丁度、1年前のNPO例会にゲストに来てもらったフリージャーナリスト
の上杉隆氏は(昨年は著書「官邸の崩壊」で6万部、最近は「ジャーナ
リズム崩壊」で7万部のベストセラーに)
「週刊文春」で「年内解散せず」……。と書く。

どちらがホントになるか?
上杉さんの取材力からして、すぐに解散せずが正しいのでしょう。
朝日新聞では自公合意の如く見出しになっているが、記事を読むと、
与党幹部の話とし、自公合意も正式ではないと書かれている。
上杉さんによれば幹部とは麻生の敵、古賀誠だそうだ。
更に「福田内閣改造」も、「小池氏総裁選出馬」も、「与謝野氏総裁選
出馬」も、「安倍内閣崩壊」も、朝日新聞はじめ各メディアは、ぜ~んぶ、
外したことを。読者は知っていますよね。。。

「外国人特派員クラブ」で会見した麻生太郎氏は、
「なんか、解散権は朝日新聞にあるようですが(笑)、海外メディアの
皆さん、日本の新聞記事をそのまま引用して、本社に打電すると
誤報になりますから、止めた方がいいですな。
冒頭解散とか、早期解散とか、そんなことはありえません。
緊急経済対策を仕上げてから、考える。当たり前でしょう」
と話した。

そうでしょう。穿った見方をすれば自民党は野党の選挙資金を枯らす為
に解散するぞ、とアナウンス。それをマスコミが垂れ流す構図だ。
上杉氏によると麻生氏は長年、熱望した総理のイスを直ぐに明渡すことは
しない。だいいち支持率が高いうちに、という思惑は国民に見透かされて
いる。公明が嫌う矢野氏参考人招致もそう簡単に実現しないだろう。
「テロ対策給油新法の延長」も閣議決定したので、麻生内閣も引き継ぐ。
選挙をやれば「テロ対策給油新法の延長」を衆院の3分の2で再可決する
こともできなくなる。ご祝儀相場で支持率が上がって、選挙をやれば自民が
勝つなどという甘っちょろい考えはないだろう?懸案を片付け(ることができれば)
通常国会に次年度予算を提出してから解散、のほうが順当ではないか?

朝日新聞がさんざん煽っているのは、一度は自民以外の党に政権を委ねたい。
という民意の反映なのだろうか。
週刊誌に溢れる選挙当落予想は当ったためしがない。定評があると言われる
宮川隆義氏も、結局は前回の数字を合算したに過ぎず。酷い人になると、
その地方の情報通?に電話して、予想を仕立てあげてしまう。
そんなわけで皆さん、マスコミ情報にくれぐれもジタバタしないほうが
いいですよ。

ノルウェー大使
★★★★★★☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡★★★★★★☆★
      
         ★NPOフォーラム(例会No.100)

            「ノルウェー・フォーラム」
          
     古くはヴァイキングで有名なノルウェー。
     自立した女性を描いたイプセンの『人形の家』は
     先進的な男女共同参画社会につながる。
     少子化対策など高度な高齢社会の取り組みや
     国際平和活動などを伺う。
   
◎ゲスト:駐日ノルウェー王国大使 オーゲ・B・グルットレ氏
      (通訳あり)
◎日時:10月2日(木)6:45pm~9:00pm
              親睦会9:00pm~
◎会場:表参道 東京ウィメンズ・プラザ

◎主催:NPOアクティブミドル国際協会
     http://amia.jp/

◎後援:駐日ノルウエー大使館 
     ノルウエー商工会議所 日本ノルウエー協会

★★★★★★☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡★★★★★★☆★

ノルウェーと聞けば村上春樹の「ノルウェーの森」を思い出しますか?
東はスウェーデン、フィンランド、ロシアと国境を接し、西は大西洋に
面し、人口の大半は、首都オスロがある南部に集中。西部には氷河
により作られたダイナミックなフィヨルド(峡湾)の景観や、ヨーロッパ
最北の岬・ノールカップでミッドナイトサン(真夜中の太陽)が見れる。
主要産業はエネルギー関連、次いで、水産業。三方を海に囲ま
れ、豊かな水産資源に恵まれた水産業は、世界をリード、水産養殖
物については、世界の魚類輸出量の3分の1を占める。60年代、
北海大陸棚で石油とガスの生産が始まって以来、経済は飛躍的な
成長を遂げた。IT産業ではブラウザーのオペラソフトウェアーがある。

ノルウェーは高度な福祉国家であり、世界で最も豊かな国のひとつ。
03年、ノルウェーは一国の生活水準を示す国連開発計画(UNDP)
の人間開発指数で、3年連続の首位に立った。
同じく03年国連開発計画・人間開発指数の経済的・政治的男女
平等の項目で、ノルウェーはアイスランドに次いで世界第2位にランク。
中でも、ノルウェーでは国会の議員や企業のトップに女性が占める
割合が高くなっている。一般の職場でも女性が占める比率はかなり
高くなっている。
また人口500万人に満たないノルウエーは北海油田で得た収入を
原資に世界最大級の政府年金基金を持つ。倫理投資方針を導入、
武器製造や環境破壊、児童労働に関わった企業を投資運用先から
除外するルールがある。

また「紛争地域におけるノルウェーの和平・調停活動」は、
中東問題では1993年、オスロで交渉が行なわれた結果、
イスラエルとパレスチナ解放機構の間で和平協定が締結された。
08年5月、クラスター爆弾の禁止を目指した国際会議の結果、
有志国111国の全会一致で禁止条約案が採択された。
国際条約の調印式は、今年12月にオスロで行なわれる。

◎ゲスト略歴:駐日ノルウェー王国大使 オーゲ・B・グルットレ氏
1952年6月19日生まれ。妻、子ども3人。
米国コロンビア大学 国際関係大学院 
ロシア研究修士課程終了 (フルブライト奨学生)
1978年ノルウェー外務省入省。
駐大韓民国ノルウェー王国大使館、駐旧ソビエト連邦ノルウェー王国大使館、
駐日ノルウェー王国大使館(一等書記官 1988-1992年)、ノルウェー外務省
政治局、ノルウェー国会(Storting)国際部、ノルウェー外務省国際局を経て、
2004年(4月30日付)より現職。

●日時:10月2日(木)午後6時45分~午後9時
     *フォーラム後、午後9時~別会場にて親睦会あり
●会場:表参道 東京ウィメンズ・プラザ
     東京都渋谷区神宮前5-53-67
●会費:3000円(事前申し込み・ご入金の場合)
     ・当日会場でお支払いの場合は4000円になります。
●申込:以下をクリック、申し込み欄に記入、お送りください。
http://form1.fc2.com/form/?id=217920
NPOアクティブミドル国際協会 事務局

北京オリンピックたけなわの頃、
発売された週刊誌のタイトルに驚いた。
「金正日はすでに死んでいる」 週刊現代 [ 2008年08月30日号]

「金正日は2003年に既に死んだ。今いるのは影武者」
…重村智計早大教授が決死の証言
北朝鮮最大のタブー! 声紋鑑定では「別人の声である」との結論が。
訪朝した小泉首相は“ダミー”と握手を

あの重村先生である。04年、ジェンキンスさんが日本にきた年の冬、
座談会のゲストにきてもらったことがある。
重村説に沿えば、その時金正日はすでに死んでいた。ということになる。
北朝鮮のミサイルは精々が大隈講堂を吹っ飛ばす程度のもの。とか、
80年代には「引田天功」目当てに毎年、来日していた。
と小話をしていたが、そこまでの話は記憶にない。

重村先生は、毎日新聞ソウル支局長から、拓大教授、早大教授と
歴任。朝鮮語に関しては国内随一と自負する。
それは自信過剰と大学同期の友人、丸山和也参院議員は評し、
ある議員は、決め付け過ぎるとも言う。
時を同じくして発売された著書「金正日の正体」講談社現代新書
の前宣伝を派手にやったのかもしれない。
しかし北朝鮮ウオッチャーのNO1、世界有数の北朝鮮問題の権威
の一人である重村先生の発言である。
注目しないわけにいかない。
金正日はホントに死んだのか?
9月9日「共和国創建記念日」頃、「失跡者の再調査」の進展が
あるのだろうか?


*「週刊現代」記事ー

「死亡説」は本当か?「影武者」はいるのか?「後継者問題」のゆくえは?

金正日総書記の動きが最近は妙だ。平壌は集団指導体制となり、金正日
は死亡しているとのニュースも巷間飛び交っている。「影武者」説も俄然
信憑性を帯びる。
北朝鮮、最大の謎に迫る!

北朝鮮の金正日総書記は、すでに死亡している。
いま表に出てきている人物はダミー(影武者)にすぎない。
一件、荒唐無稽に思えるこの話を、
私は金正日ファミリーに近い複数の人物から聞きました。
以後、検証を重ね、これは事実ではないかと思い至ったのです。

こう語るのは、テレビの朝鮮半島情勢の解説でおなじみ重村智計(としみつ)
早大教授(62歳)だ。
早大卒業後、毎日新聞ソウル特派員時代を含め、足かけ30年にわたって
朝鮮半島を取材している半島ウォッチャーの第一人者だ。
そんな重村氏が、30年間の取材の集大成とも言うべき『金正日の正体』
(講談社現代新書)を、8月19日に上梓する。
金正日死没説とダミーの実態という北朝鮮最大のタブーに挑んだ重村教授
が、同書の刊行直前に本誌だけに語った。

■金正日の消息が途絶えた空白の41日間

北朝鮮最大のタブーについて、私が複数の確かな筋から聞いているのは、
次のようなことです。
『金正日総書記は、持病の糖尿病が悪化して、'00年初頭頃から車いす
生活を余儀なくされた。そして、ついに、'03年秋に死去した』

この間('00年から'03年頃まで)の金正日総書記は、北朝鮮の復興を目指
して必死の外交を展開していることが分かります。
しかしその後は、ガクンとペースダウンします。
たとえば、'04年の小泉首相の2度目の訪朝では、会談時間はわずか90分。
'06年の訪中の目的は、マカオの銀行に凍結された2500万㌦を回収する
ことでした。同年10月に国家の威信を賭けて断行した核実験も北朝鮮国内
では“ベタ記事”の扱い。'07年の盧武鉉大統領との南北首脳会談も、単に
会っただけでした。

さらに興味深いことに、死去したと思われる'03年秋は、9月9日から10月20日
までの41日間、金総書記の動静が消えました。
10月21日になって「朝鮮人民軍534部隊傘下」の農場を現地指導したという
日時不明の報道が出ます。
その後、'04年1月19日まで、約3ヶ月も、日時不明の報道のみが流れ続ける
のです。
 
この時期、中国の呉邦国(ウーバングオ)全人代常務委員長(国会議長)
の訪朝が北朝鮮側の理由で突然「無期延期」になり、金総書記から直々の
招待を受けていたロシアのダリキン沿海州知事は、平壌で会見をドタキャン
されます。
金総書記から届いた釈明の書簡には「自分ではどうすることもできない
理由によりキャンセルする」と書かれていたそうです。
他にもこの時期に不可解なことが多々起こります。

■声や身長が以前と変わった!

アメリカも“異変”に気づき始めています。
アメリカは北朝鮮の上空に毎日2機の偵察衛星を飛ばして金正日総書記
の一挙手一投足を追っていますが、'06年春に撮影に成功した金総書記の
写真を分析したところ、仰天する結果が出ました。何と身長が2.5㎝も伸びて
いたのです。

実は日本でも、あるテレビ局が、北朝鮮に拉致された韓国人映画監督の
申相玉(シンサンオク)氏夫妻が、'83年に極秘で録った金正日総書記の
肉声と'02年の日朝首脳会談冒頭の金総書記の肉声を声紋鑑定にかけ
ました。すると「別人の声である」という結論が出たのです。

さらに私は、金正日ファミリーをめぐる重大な話を二つ聞きました。
一つは最近、ファミリーの一人に会った人物から聞いたのですが、
このファミリーの一人は
「“いまの”将軍様が死ぬまでは、後継者を決めない約束になっている」
と語ったというのです。
金総書記が生きているなら、ただ「将軍様」(金総書記の愛称)と言うはず
です。それをわざわざ「いまの」と付けて強調したということは、金総書記とは
別人だと言いたかったのでしょう。

二つ目は数年前に、北京在住の長男・正男(ジョンナム)氏と
平壌に住む金総書記の妹・敬姫氏が、互いに酔っぱらって交わした会話
が某国の諜報機関に盗聴されました。

「“あいつ”は将軍様の指示を守っていない」
「そうだ。あいつは私達家族を蔑(ないがしろ)にしている」

「あいつ」とは、金総書記のダミーを指すものと推測できます。
独裁者が自分のダミーを置くことは、古今東西あることです。

■3度の暗殺未遂を経てダミー登用へ

金総書記がなぜダミーを作ったかと言えば、ひとえに暗殺を恐れたからです。
私が取材した限り、金総書記はこれまで、3度も暗殺未遂に遭っています。

1度目が、生誕50歳を祝う'92年2月の朝鮮人民軍のパレードで、安鐘鎬
(アンジョンホ)副総参謀長らソ連留学組の将校たちが決起したクーデター
未遂です。

2度目は、翌'93年7月の朝鮮戦争戦勝40周年式典で、前列の兵士たちが
金総書記暗殺を狙った一件です。

3度目は'90年代末頃に金総書記が軍部隊の視察に出向いた際、
近距離から兵士が銃を発砲し、身を挺して庇った朴松鳳(パクソンボン)
組織指導部副部長が殉職しています。

こうしたことが立て続けに起こった為、時に応じてダミー活用してきた金総書記
ですが、自身の糖尿病の悪化に伴い、'00年初め頃から車いす生活を余儀なく
され、02年後半から'03年にかけては、ほとんど寝たきりになります。
同時に、ダミーに頼りっぱなしになっていったのでしょう。

'03年秋に金正日総書記が死去したと仮定して、なぜいまだに北朝鮮は
その事実を隠し続けるのでしょうか。
それは、独裁者の死と共に北朝鮮崩壊の危機に陥るからではないでしょうか。
そもそも北朝鮮の国民は、将軍様(金総書記)の姿など見たことがありません。
将軍様は年に数度、海外の首脳とわずかな時間、握手を交わし、数年に一度、
パレードに顔を見せて手を振ればよいのです。

そこで、最高幹部とファミリーたち計10人くらいの秘密にして、当面の間、
ダミーに代行させることにした。
おそらく、死に際して金総書記は、詳細な遺言を作ったはずです。
そこには、当分は息子に継承せずにダミーを“推戴”するように、
そして反逆者は誰であろうと容赦なく排除するようにと書かれてあるはずです。
だから妻・高英姫氏、妹・金敬姫氏、妹婿・張成沢氏の3人が揃って排除され
たのです。

いまの北朝鮮は、金英南委員長、朝鮮人民軍代表の呉克烈(オグンリヨル)
作戦部長、長年にわたり金総書記の秘書を務めた李済鋼(リジエガン)組織
指導部第一副部長、そして復活を果たした張成沢行政部長の“4人組”による
集団指導体制と思われます。

■真実を明かさない引田天功

以上が、重村教授の証言である。
本誌はこの「重村証言」の信憑性を確かめるべく、生(なま)の金総書記に
接してきた数少ない二人の日本人に話を聞いた。

まずは、'01年4月まで13年間、「金正日の料理人」を務めた藤本健二氏。
氏は死亡説を否定した。
「私が最後に金総書記に会ったのは、'01年4月22日のことですが、元気でした。
たしかに金総書記は、糖尿病、腎臓病、肝臓病、便秘症を患い、食後に5種類
の薬を服用していましたが、日常生活に支障はありませんでした」。

これに対し、'98年と'00年にそれぞれ約1ヶ月間訪朝し、
金総書記ファミリーと生活をともにしたイリュージョニストの引田天功氏は、
死亡説やダミー説を持ち出すと顔を引きつらせた。
「たしかに私は、数々の衝撃的な真実を知りました。
しかし今、私が口を開けば、今後の日朝交渉に多大な影響が出るでしょう。
国交正常化を果たしたのちに、真実を申し上げます」
“重村説”の真偽は、歴史が証明することになる。