30年前の日航機事故

 本日は30年前に520名も亡くなった日航機事故の
追悼ニュースが各マスコミで流れている。
昨日のことのように皆、よく覚えている事故だろう。
そのなかでやはり気に残るのが、ボーイング社の責任
はどうなのか、ということだ。
明らかに原因は修理ミスというのがはっきりしたのに
刑事責任はボーイング社も日航も役所も一切問われていない。
修理作業した人間を特定せずボーイング社内でかばう
という習慣に日本警察も起訴できなかったそうだ。
ボーイング社の賠償は日航を通じてある程度の割合でした
そうだが。これが逆だったらどうだっただろうか?
日本の修理が原因で米国機が落ちたら当然、日本側は責任
を追求され、ひょっとしたら数人は米国刑務所に入っているかも
しれない。これが敗戦した日本と勝利した米国の違いだろうか?
なぜ事故原因をつくったボーイング社を国として追及できないのか、
戦時中、鬼畜米英と叫びながら戦後、手のひらをを返すように
米国追従。今に至る進駐軍の靴磨き役、負け犬根性の政官財
ではないだろうか、東京裁判で人道に対する罪を追及された日本。
が原爆を落とされても米国の人道に対する罪を追及できない日本。
誇り高き日本人はどこにいったのかと思わざるを得ない。
丁度オールディーズの音楽番組をTVで見ていた際に日航機遭難
のテロップが流れ出したのを覚えている。
坂本九さんが同乗していたのは何かの符牒かとも後で思った。
犠牲者と遺族の方はさぞかし無念だったろう、ことを思う。
戦後はちっとも終わってないのだ。

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