アメリカで唯一といってもいいくらい成功した日本人のアントレプレナー。
まだアメリカでビジネスをやる人が少なかった時代に果敢に挑戦した人。
70年代~80年代、海外で一旗上げようと考えていた若者にとって
ロッキーはヒーローだった。
85年頃、日頃よく会っていたN氏に誘われて「ロッキー青木」に会いに
行ったことがある。場所は赤坂。
写真家のタッド若松氏(女優鰐淵晴子の夫君)、女優の宮下順子氏、某紳士
服メーカー社長、の変わった組み合わせだった。N氏はNYで若い頃からの
ロッキーの仲間であり、日本でのメディア代理人だった。
ロッキーは小柄なおとなしい人という第一印象だったが、NYでのエピソード
やヤクザと渡り合った話を聞くと、やはり凄味がある。目に威力があった。
まだ40代の中頃の働き盛りのときである。フロリダでエイに乗って泳いだ
り、気球での太平洋横断飛行など遊び心のあるチャレンジャーでもあった。
私の顔を見て、テンノーに似ていますね。?と言われてしまった。
最近の消息は聞かなかった。闘病生活を送っていたのだろう。
早すぎる死だったが、やりたいことを徹底的にやった人だった。
最近、こういう日本人がでてこないので残念。
ご冥福を祈ります。


米で鉄板焼きチェーン、実業家のロッキー青木さん死去
2008年7月12日

ロッキー青木さん
 【ロサンゼルス=堀内隆】米国で日本の鉄板焼きチェーン「ベニハナ」を成功させた実業家のロッキー青木(本名・青木広彰(ひろあき))さんが11日、ニューヨークで死去した。69歳。親族が12日、明らかにした。

 レスリングの全日本学生選抜の選手として遠征した米国で事業を興した。アイスクリーム売りなどで開店資金をためて64年にニューヨークに一号店をオープン。店名は父が東京・日本橋で経営していた洋食店「紅花」に由来する。鉄板を前にしたシェフのパフォーマンスが評判を呼び、グループ店舗はフランチャイズも含め世界に110店を数える。

 98年にはインサイダー取引で訴追され、会長職を退いた。気球での太平洋横断など、冒険家としての顔も持つ。

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